<おやきを食す日> について
古くからおやきを親しんできた信州では、習慣的におやきを食べる時期があります。
そのなかから、代表的なものを<おやきを食す日>として、信州おやき協議会が推奨し、各店舗でその時期にちなんだおやきを提供するなどの取り組みを行っていますが、1年を通してたくさんの<おやきを食す日>があります。
<おやきを食す日>
1月2日 <年玉おやき> *
3月彼岸 <春彼岸おやき> *
6月田植え終わり <農休みおやき>
7月31日 <お籠りおやき> *
8月1日 <石の戸おやき>
8月7日 <七夕おやき> 中信・東信地域
8月13日~16日 <お盆おやき> *
9月9がつく日 <おくんちおやき>
9月彼岸 <秋彼岸おやき> *
11月20日 <恵比寿講おやき> 伊那・塩尻地方
11月23日 <新嘗おやき> *
12月31日 <まるめあげおやき>
*印は協議会推奨のおやきを食す日
<年玉おやき>
1月2日の朝に「今年一年丸くいきますように」と年神様に願い、家族でおやきを食べる。協議会では5日に年玉おやきを販売。
<春彼岸おやき>
春分の日を中日とした彼岸にご先祖様に供える。
<農休みおやき>
田植えが一段落すると村中が農休みをした。田植え終いを田の神に感謝し、豊作祈願をしておやきやぼた餅などを作って祝う。現在では田植え中のこびれとして食べられているケースが多い。
<お籠りおやき>
7月31日は善光寺の盂蘭盆会。新盆を迎える家は新仏の位牌を如来さまに供え回向をしていただく習慣があり、特に西山地方の信者はおやきを作って持参することから「焼餅道者」「茶の子道者」とも言われた。人々は回向をいただいた後、本堂に籠り妻戸台の大太鼓を叩いて一夜を明かしたが、この時如来さまにおやきを奉納すると共に、翌日には参詣人にもおやきをふるまったと言われる。
<石の戸おやき>
8月1日は釜蓋朔日(かまぶたついたち)といい、地獄の釜の蓋が開く日。ご先祖様があの世を出発される日とされ、あの世とこの世を隔てる「石の戸(地獄の戸)」におやきをぶつけて戸を打ち破って来るため、固い固いおやきを作ってお供えをした。この日はお盆の始まりとされ墓掃除の日であった。
<七夕おやき>
中信、東信地域では「七夕まんじゅう」とも呼ばれ、月遅れの8月7日にふくらし粉が入った小豆餡のおやきを作り、収穫した夏野菜と共に供える。七夕は棚幡とも書き、ご先祖様をお迎えするための盆棚を拵える日でもある。
<お盆おやき>
8月13日の晩にお墓に行き、迎え火を焚いて提灯に火を灯しご先祖様をお連れする。13日の夕食もしくは14日の朝食に、到着されたご先祖様を迎えるおやきを作る。
16日の夕方に作るおやきは「お帰りおやき」と言われ、ご先祖様があの世までの旅の間にお腹を空かせないようにと作る。
<おくんちおやき>
9月の9が付く9日、19日、29日になすのおやきを作って田の神に感謝する。今ではほとんど作られていない。
<秋彼岸おやき>
秋分の日をお中日とした彼岸にご先祖様に供える。
<えびす講おやき>
伊那や塩尻地方では、11月20日の恵比寿講の日には「あんこ」いっぱい入れた俵型やかます(穀物などを入れる袋)型のおやきを作ってお供えした習慣があり、今でも恵比寿講には米粉で作った「えびす講おやき」を神棚に供える。
<新嘗おやき(鍬あげ、鎌あげ、棒あげ、ねこたたきおやき)>
麦蒔き、稲刈り、はぜ棒あげ、ねこじまいのたびにおやきを作り、田の神に感謝する。各農作業が終わるたびに作られた。(「ねこ」は藁で編んだ大きなムシロ(莚))農機具の機械化に伴い、これらのおやきも作られることはなくなりました。
<まるめあげおやき>
12月31日大晦日に今年も丸く納まったと感謝して家族でおやきを食べる。「年玉おやき」と対をなす。
ご先祖様を敬う気持ちと収穫を祝う気持ちが、特におやきを作る日食べる日になっているのがわかります。
みなさまも、これらの日におやきを食べませんか?
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